a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

つづき

早朝H子姉とホテルの近くを散策する。
柿木畠からすぐ近くに、古い屋敷を保存した長町がある。
土塀だけ、門だけが古いまま、家は建て替えてあるのも有るが町並みは昔を偲ぶに充分。
城下町というのは曲がりくねって迷路のようになっている。

朝食後、娘達とも一緒に、今度は柿木畠(今は町名が変わっている)を散策する。
父の産まれた所は上柿木畠。ここから父は金澤女子師範の附属幼稚園に通っていた。
城下町とお寺は切っても切れぬ中、寺町はお寺がぎっしり並んでいる。
その中で教会も結構沢山有った。
柿木畠には大きな教会があった。

さて、ぐずぐずしている時間はない。
車は野田山に向かう。
野田山の上の方に藩主前田利家墓所が有り、私の祖父の墓は山の中腹にあった。
昨日、資料館で墓石の裏の日付を調べて来たら良い。と教えられて来たが、昭和49年に父が墓石を新しく建てたので、調べようが無かった。

さて、皆でお墓の掃除をし、花を手向けて記念撮影。
その後「行かない」という二人を残して、姉と藩主一族の墓所に行く。急な山道をかなり登った。出会う人は誰も無く、この頃になると雨が降り出し、緑に苔むした石段を何段も上がった。二人とも健脚なのである。
「先祖がお世話になりました」とご挨拶をして山を下る。無事に麓にたどりついたら「熊にご用心」と張り紙があった。ああ怖わ。

昨日の古文書の読み方を教えてもらいに、資料館に再び訪れる。
もし、これが本当にわが曾祖父のものとしたら、これからしばらく楽しめる。
昼食は近江町市場で「ひつまぶし」を食べる。金澤はお魚が新鮮で安い。ご飯にまぐろ、いくら、いか、あなご、をあられ状に切って乗っている。ワサビ醤油で食べて、海苔と干瓢を混ぜて食べ、最後は出しをかけて食べる。美味しいお丼だった。満足。
それにしても、わが祖父は事業に失敗し亡くなって、残された家族が大阪に出る時、親戚も多く有った筈なのに、全く親戚がこの地に無いのは余程迷惑をかけてしまったのに違いが無い。
父は6男なのに、家を継いで、その上早死にした兄達の家族の面倒も見て頑張った。それでも何時も金澤に産まれたことを誇りにして居たから、今回の旅を喜んでくれているだろう。