a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

良きサマリヤ人の譬え話

婦人聖書の集いより
「キリストの譬え話」シリーズ 始まる
聖書にはキリストが語られた「譬え話」が多いが、誤解されたまま受け止められている場合が少なくない。
今回から「キリストの譬え話」を取り上げ本来の話の意味を学ぶ。
「良きサマリヤ人の譬え話」ルカ10:25−37
良きサマリヤ人の親切は有名で、慈善団体の名にも使われるほどであるが、果たして事前や善行の勧めの教えなのだろうか?

1、「あなたも行って同じようにしなさい」37 から、人助けの勧めとして理解されてきたが、本来は「永遠のいのちを得るための道」に関する質問であることを理解しておかねばなら無い 25。
だから、永遠のいのちをえるために「人助けや善行をする」必要があると結論付けると、聖書の中心的教え「永遠の命の獲得は信仰のみ」エペソ2:9、から逸脱することになる。この話は「善行しましょう」という話では無い。

2、「良きサマリヤ人」の話は何か
・律法学者は自分は隣人を愛しているとの自負があった。29
しかしその場合はユダヤ人に限った隣人であった。レビ19:18
・キリストが教えられた「隣人」とは?
隣人=国籍や利害を超えて「助けを必要としている人」である。

3、キリストの意図
・「何をしたら永遠の命を得られるか」25 に見られるように、律法学者は「行い」に自信があり、その行いで義とされるようとする考え違いがあり、それを指摘する必要があった。
・故にこの良きサマリヤ人の話は、永遠のいのちを得るために良い事をしなさいという教えではなく、真の隣人愛が何であるかを教える事であり、また「あなたも行って同じようにしなさい」37も生来の力では行い難く、信仰による神の力なくして実行でき無い事が暗示的にしまされている。エペソ2:8−10

今日はめまいで欠席したので、中西先生の資料を元に記す。