a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

「良い木と良い実の譬え話」

婦人聖書の集いより
実のない信仰は本当の信仰ではない。実によってその人が救われたかどうかが分かる」というのを耳にする。
その根拠としてこの箇所が引用されると、自分の信仰に実が少ないと感じている人はますます不安になる。
聖書はそう教えているのか?
マタイ7:15ー23

1、良い実を結んでいないものは天国に入れないように感じてしまうが、21、22節 もしそうなら「救いは行いによらず、キリストを信じる信仰による」という聖書の中心的な教えに反することになる。
エペソ2:8、9

2、文脈(段落)を心に留めることー『聖書の理解の原則』
・誰を見分ける基準か?
・この箇所は、信者かどうかを見分ける基準ではなく、偽教師を見分ける基準である。
申命記13:1−3

3、では信者の実を結ぶ生活についてはどう考えれば良いか。
・2種類のクリスチャンが存在する。
マタイ3:2、3:8にあるように「悔い改め」ただけのクリスチャンと「悔い改めにふさわしい実を」結ぶクリスチャン。
前者はキリストを救い主と信じる信仰を持ったのは事実であり、天国に行けるのも事実だが、神との交わりがなく、残念ながら信仰にふさわしい実(御霊のみ)を結んではいない。
それゆえ未信者同然の生き方になってしまっている。
他方、後者は以下の事柄によって実を結んでいく人である。
・実を結ぶ生活
ヨハネ15:1−5
①キリストに留まり続ける 4 聖書と祈りと教会生活
②剪定を受け入れる 2
試練を通して自我が砕かれていくこと
ヘブル12:10、11