a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

八福の教え(6)

婦人聖書の集いより 6月17日分

このところ聖書の集いを欠席中。毎回Mちゃんがプリントを取っておいてくれる。

先週の日曜礼拝も止む無く欠席。プリントが2枚溜まってしまった・・・。

頑張るから読んでね。

八福の教え(6)

第六「心のきよい者は幸いです。そのひとたちは神を見るから」マタイ5:8

1、「心がきよい」の意味

「きよい」の原語は「カサロス」。意味は貴金属の精錬過程で不純物をを取り除いて純化していくときの言葉で、「不純物がはいっていない純粋な物」である。

2、第六の意味

・罪が清くされる事を求める人は幸いです。

神を知るまでは、病、貧しさ、環境のせいを不幸の原因としてきたが、真の原因は造り主である神から離れ自己本位で生きてきた罪である事を知り、罪が赦され、清くされるためにキリストを受け入れる人は幸いである。との意味である。

・動機が純粋である人は幸いです。

立派な行為であっても動機が不純な場合がある。心の底で自分に報いが帰ってくる事を思ったり、人からの賞賛や人気取りが動機であったり、神からのご褒美を得たいためであったりする。マタイ6:1−4

・二心のない人は幸いです。

神は実に憐れみ深く神の子たちが求めることに喜んで与えてくださる方である。

しかし不信仰とこの世にも頼る二心は神の御心を悲しませ、神の恵みを豊かに体験することを失わせる物である。神への祈りは「一心に、ひたすら」であるべきである。

ヤコブ1:5−8