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a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

山上の垂訓(12)

裏庭に取り残したすだちの収穫をした。

植木屋に高い枝は切り落として貰ったので脚立に乗らなくても採れた。

台風で木が痛んだら可哀想だし、負担を軽くしてあげないと・・・。

 

汗が沢山出て、はさみを使った指も痛いし、脇腹も痛くなった。

やわな体になったもんだわい。

 

夕方、ゴスペルシンガーのI岡裕子さんがいらっしゃった。

お菓子を頂く。

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もうハロウインの季節なのだ。

ハロウインまで(何日だ?)食べてはいけないのだけど「見るだけ」とか言いながらチーズケーキを一切れ食べた。

 

裕子さんの話しは面白い。

ステージで大勢の観客を前にする話を、私と娘だけで聴くのはもったいないと思うほど凄い状況を情熱的にリアルに語って下さる。

思わず惹きつけられて印象深く頭に残ってしまう。

 

裕子さんは現代版講談師みたいだ。

 

今日も聖書の勉強。

忘れないようにブログに記録していますが、ぜひ読んでください(^ ^)

 

 

山上の垂訓(12)

求めなさい

マタイ7:7-11

 

1、この御言葉は無条件である。

クリスチャンだけ、特別な人だけに限定された御言葉ではない。

山上の垂訓は何千の人々を対象に語られた説教である。

 

その中には敬虔な信者もいれば、今日の御利益だけを求める人もいた。

又求道者も異邦人もいた。

そうゆう人にキリストは「求めなさい。捜しなさい。門をたたきなさい・・・そうすれば与えられる」

と単純に且つ力強く語ってくださった。

 

2、この御言葉は継続の願いへと励ます。

聖書の脚注には

「求め続けなさい。捜し続けなさい。門を叩き続けなさい」と説明がある。

 

中西牧師はご両親の救いに10年を要された。

金剛教会の求道者Mさんは救われるまで30年を要した。

しかし救われた。

失望せず諦めないことである。

 

 いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話しされた。ルカ18:1

 

3、この御言葉は父なる神の愛が土台である。

あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子供には良いものを与えることを知っています。11節

悪い者とは「あなたが悪い」という意味ではなく一般論の話しで、仮に悪い親であったとしても我が子には良いものを与えたいとするなら、

ましてや愛の父なる神が神の子たちの願いに応えたいと思われるのは当然だと励ましてくださるのである。

 

 

4、この御言葉は最高に願うべきものを教える。

 天の父は求める人たちに、どうして聖霊をくださらないことがありましょう。ルカ11:13

最高の良きものとは「聖霊の実」である。

愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、柔和、自制 ガラテヤ22:23

 

人格に注がれる麗しい実を、喜んで与えたいと願ってくださるのである。

 

婦人聖書の集いより。(9月30日)