ハガル(アブラハムの妻サラの奴隷。
サラは子供に恵まれないのでアブラハムに自分の奴隷を差し出した。)
創世記16:1-16
1、特権を高慢に結びつけてしまったハガル
古代においては女奴隷が子を持たない主人のために子をもうけるのは罪ではなく特権であった。
ハガルはその特権で浅はかにも高慢になってしまった。4節
その結果、女主人から虐待を受けて逃亡。6節 →苦い刈り取り。
2、ハガルを助けられる神
・神は嘆く者の神
女主人から逃げたハガル。このままだと胎児と共に自滅するのみ。
そんな中、神は彼女を「見つけ」、7節
声をかけられる。8節 「どこから来てどこへ行くのか」
ハガルは「どこに行くのか」に答えられない。
神は信仰有る無しを超えて嘆く者の神 詩篇12:5
・ハガルのなすべき事
神は「もう一度帰ってへりくだりの美徳を回復しなさい」と言われる。9節
サラに問題があっても、それはハガルの考える事ではなく、神とサラの間の問題。
人間本来自分のなすべき事から始めるべきである。
特権を高慢に結びつけたのは仕える立場を踏み外した罪である。
その罪を悔い改めることから新しい祝福が始まる。
ローマ12:18→和解ができていない関係は正すべき。
箴言16:9
3、ハガルの子の生きる道
神はハガルとその子イシュマエルの命を助けられた。
しかしハガルの子イシュマエルは野生のロバのように全てに逆らい、全ての人も彼に逆らう者になると語られる。12節
創世記はBC1500年頃、モーセが神の啓示を受けて書いた特別の書と言われる。(創世記から申命記までをモーセ5書という)
モーセが見た500年後のイシュマエルの子孫は野ロバのような生活だという。
4000年後の今、イスラム国はアメリカと敵対するようになっている。
ここから学ぶこと
・元はといえば人間の軽率な行動から生まれた。(誕生の経緯)
・しかし神は母子の命を助けて下さった。
・恨んで敵対する人生を選ぶか否かはその人次第。
(どうせ 人生はなるようにしかならないという運命決定論ではない)
・その後の4000年は残念ながら世界の現実となっている。
・人種、国籍を超えた福音による救いこそ真の和解の道
エペソ2:14-16