私のお父さんの趣味
父が家にいる時の姿は、机に向かって日記を書いているとか、本を読んでいるとかが浮かんでくる。
お正月には謡曲を家族と一緒にうたっていた(何故か兄も長姉もお謡いが好きだった。これは後に私の夫も参加した)が、特に習いに行くことは無かったし時間も無かったのだろう。
囲碁は適当な相手が来た時に打つ程度で、それを趣味として没頭するほどではなかった。
早い話、趣味人ではなかった。
本はよく買って来た。
本棚には本がぎっしり並んでいた。
ベストセラーになった吉川英治の「宮本武蔵」とか山岡荘八の「徳川家康」などが思い出される。
父が読んだら子供に下げ渡される。
一番先に読むのはH子姉ちゃんで、次が私、そして妹の順で読んだ。
後の者が急かすので、先に読むのは大変だった。
趣味に生きる生活は無く、病に倒れるまで生涯お商売に熱心だった父。
夜、玄関の戸がガラガラと開く音がすると、家族全員が揃って「お父さん、おかえりなさい」と玄関へ出迎える。
勉強机に向かって宿題をしていても、玄関へ走って出迎えた。
父は背広を脱いで丹前に着替える。
靴下も脱いで足袋に履き替えて夕飯の膳に着く。
大抵は子供達は先に夕飯を済ましていたから、父は一人で晩酌をした。
父の晩酌には子供達の献立には無かった一品がついている。
午前中に魚屋さんが桶を担いで御用聞きに来る。
母は父の酒の肴に良さそうなのを見繕って注文すると、魚屋の小父さんは台所の三和土(たたき)で魚をおろし、お刺身を造ってお皿に盛ってくれた。
酒のさかなは筋子やチーズの時もあった。
子供の私が横に座っていると、少しお箸で摘んで食べさせてくれるのだ。
よだれを垂らしそうに物欲しげな娘が晩酌のお供をしていたら、父もたまったものでは無かっただろう。
3粒か4粒口に入れてもらう筋子がたまらなく美味しかった。
父は娘たちに囲まれて晩酌しながら1日の疲れを癒していたのだろう。
父の楽しみはこんな時間を過ごすことだったのかもしれない。
つづく