a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

「恐れるな」

創世記15:1
現代人の心を蝕むもの、それは恐れることである。
病気、事業のこと、人間関係(人の顔色を恐れたりする)、など。
 これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨み、
 こう仰せられた。
 「アブラムよ。恐れるな。
 わたしはあなたの盾である。
 あなたの受ける報いは非常に大きい。」
この箇所は、14:14に記されている2週間前の話の続きで、あの恩知らずの甥ロトが、戦争に巻き込まれる。
5人の王が権力者(ケドルラオメル)に挑むが破れ、ロトは囚われの身となる。
アブラムはロトへの愛故に、しもべを連れて追跡し、全ての財産と人々を取り戻した。
だが、勝利をしたのにアブラムは恐れている。
1、なぜアブラムは恐れているのか。
アブラムはケドルラオメルの逆襲が有るのではないかと恐れている。
人(この場合甥のロト)に関わることで、新たな難題が降り掛かることがまま有る。
第1ペテロ2:20〜21には
善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれること。
キリストはあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、模範を示された。とある。
2、恐れの根源は何か。
人は自分を守ってくれるのは自分しか居ない、という心細い思いをする。
第二次大戦のとき、あるオランダの小さな村にも、ナチスが襲って来た。
人々は教会で集まって恐れていたが、1人の小さな女の子が聖書のみ言葉を読んだ。
 主よ。まことにあなたは正しい者を祝福し、
 大盾で囲むように愛で彼らを囲まれます。
次の朝、恐る恐る教会の外に出ると、外は雪が積っていた。村の回りを囲んでいる林の上にも雪はすっぽり積もり、村を覆い隠していた。よく見るとその回りには、沢山の兵士のつけた足跡があったと云う。
3、神の意図は何か。
聖書には「恐れるな」と云う言葉は360もある。
苦しみの限界を超えたとき、神のビジョンが示される。
恐れの後に、神の業が現れる。
出エジプト記のなかで、モーセは人々と共にパロから逃げたが追いつめられた。人々はモーセを責めた。
その時モーセを通して、神は「私の業を見よ」と仰せられて、海を真っ二つに分け、逃げる道を作られた。