a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

日曜礼拝メッセージより

「人生の遅れも大丈夫!」
ルカ8:40−56

有名なフライドチキンのカーネル・サンダース。売れ行きが高速道路が出来たせいで落ちた。
祈って、アイデアを与えられた。レシピを伝授して店を増やし、成功を収めたのは65歳の時であった。

今日の聖書の箇所から教えられる真理は、

1、神は人生の遅れを経験させられる。
会堂管理者(会堂を持っている人)のヤイロには12歳の一人娘がいて死にかけていた。イエスに自分の家に来て欲しいと、ひれ伏して願った。41−42節
群衆の中に、12年長血を患った女がいて、イエスの着物のふさにさわった。すると女の病いがたちまち治った。43−44節
イエスはさわった女を探された。
ヤイロはいち早く家に来て欲しいと、この女の為のロスタイムを邪魔なことと思った。

2、人生の遅れは絶望を意味しない。
ヤイロの家から人が来て、お嬢さんが亡くなったと伝えた。49節
死は絶望である。しかし神にあってはそうではない。50節
 私はあわてて言いました。
 「私はあなたの目の前から絶たれたのだ」と。
 しかし、あなたは私の願いの声を聞かれました。
 私があなたに叫び求めたときに。 詩篇31:22
あわててはならない。

3、遅れもまた神の最善の道。
泣き悲しんでいる人々に「泣かなくても良い。眠っているのです。」と言われた。
イエスは死の彼方の希望を示そうとされ、時を遅らせた。52節
復活の希望。
時を遅らせるのも、神の最善の材料なのである。

モーセの例
モーセは王子として育ったが、40歳の時イスラエルの民を救おうとして失敗、殺人まで犯してしまった。
逃亡者として荒野で40年を過ごしたが、80歳の時、神に「お前を使ってイスラエルの民を解放する」と指導者に命じられた。不毛の地での40年の経験が輝きに満ちたものとなった。

人生でうまく進まず遅れていると嘆く時、恐れないで信じて生きよ。と言われている。