教会のランチ、シルバー席での今日の話題はやはり戦後のことだった。
Yさんは私より2才若いから、終戦時は小学校1年生の筈だ。
彼女は満州から、両親と小さい妹2人で引き上げてきた時の体験を話してくれた。
大きな河をお父さんが肩車をしてくれて溺れないように渡ったときは本当に怖かった。
「そこら辺のちっちゃな河とちゃうよ〜」。
何しろほんの子供だったから記憶が曖昧だけれど、寒かった、河の水は冷たかった。
親は子供が離れないように溺れないように必死だった。
命からがらで日本へ帰ってきた。
満州では大きな家に住んで幸せな暮らしだったのに、究極の疲労からか、お父さんは入院して間もなく死んでしまう。
日本へ引き上げても住む家は無かった。
幸い宣教師さんのお世話で幼稚園の宿舎にしばらく泊めてもらって、お母さんは住み込みで働いた。
また着るものは宣教師さんがアメリカの古着を手に入れて来てくださったので、それを着たのだそうだ。
フリフリの華やかな色の可愛いドレスで嬉しかったらしい。
(私もそんな服着たかったな〜)
私も戦時中は辛いことやひもじいことは有ったけれどYさんとは比較にならない。
良く残留孤児にならないで日本へ帰ってこられたと思う。
大陸で育ったからか、幼い時に辛い体験をしたからか、どこか物に動じない肝の太さと可愛さのあるYさん、仲良しの同じ教会の家族である。