思えば先週からずっと毎日出かける用事があって、家事がおろそかになって、すべてぐちゃぐちゃになっている。
冷蔵庫の中に賞味期限切れのものが有ったり、必要なものが無くなっていたりしている。
今朝は頑張って掃除と食料の買い出し、家の前の側溝のゴミ掃除・・・などなど。
主婦業をやった。
玄関の山茶花。
水やりも怠っていたのに咲いてくれた、何と健気なことよ!
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聖書の植物(11)ー「いなご豆」
金剛バプテストキリスト教会 婦人聖書の集いより
いなご豆は荒野の痩せた土でも自然に良く育ち10メートルを超えるものもある。
イスラエルでは人間の食べ物としてではなく、家畜の餌として使用されていた。
このいなご豆が引用されているのが「放蕩息子」に中に出てくる。
聖書 ルカ15:11-24
1、いなご豆は人間の落ちぶれた姿を象徴する
彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、
だれひとり彼に与えようとしなかった。16
「いなご豆」は人間が何を失うと最も落ちぶれるのかを示す象徴的な食べ物
・快楽にのめり込む
そこで放蕩をして湯水のように財産を使ってしまった。13
・一文無しの経済的危機
何もかも使い果たしたあとで、14
・飢饉による食べ物危機
その国に大飢饉が起こり、彼は食べるものにも困り始めた。14
・自尊心を踏みにじられるー豚を飼うことはユダヤ人の忌み嫌う仕事。
ある人のもとに身を寄せたところ、
その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。15
・空腹に耐えかねて豚の餌のいなご豆でさえ食べたいと思う。
豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほど 16
・友人に見捨てられる。
だれひとり彼に与えようとしなかった。16
2、落ちぶれての救い
①我に返ったとき彼…「父」を思い出した。
人間は落ちぶれたとき。世の中と人を恨む。
しかしこの放蕩息子はそうではなく、根本的原因の「父から離れた」ことに思い至った。
しかし、我に返ったとき彼は、
こう言った。
「父のところには、パンのあり余っているいる雇い人が大勢いるではないか。
それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。 17
この自覚は救いを得る大きなステップである。
②罪の自覚と告白を用意する
父への謝罪
「お父さん。
私は天に対して罪を犯し、
またあなたの前に罪を犯しました。 18
もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。
雇い人のひとりにしてください。」19
「雇い人の一人にでも」の言葉が心を打つ。
③父の愛
・父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、
走り寄って彼を抱き、口づけした。20
・息子の告白。父の愛が先行している。 21
・息子としての回復と祝宴。
22-25
ひとりの罪人が悔い改めるなら、
悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。15:7