暖かくなった。
庭で植木に水やりをしても冷たさを感じなくなった。
春やなあ〜
家に入った途端、くしゃみ連発。
もう花粉症の季節がやって来た?
久しぶりに聖書の勉強をしよう。
聖書の読み方
金剛バプテストキリスト教会婦人聖書の集いテキストより。
今日は聖書の読み方について
市販されている書物の中には、首を傾げたくなる様な読み方もあるので、健全な読み方について学ぶ。
次の4項目は何年も信仰生活をして来たクリスチャンに対しては推奨しかねるものである。
1、精神安定剤的読み方
例えば思い煩う時は〇〇を、体が不安なときは〇〇を、人間関係で悩むときは〇〇を、という読み方である。
実際、初心者向けの小冊子には状況に応じて読む聖句がリストアップされているものがある。
この方法で読んで助けになる場合もあるが、その効果は一時的なもので長続きはしない。
2、おみくじ的読み方
これは聖書を適当に開いて、偶然に指を置いた聖句を読んでいく読み方である。
悩んでいる問題への回答や、将来の導きを求めるという点で、おみくじと似ている。
また、選んだ聖句が自分の状況に合わない場合は、別のページを開いて同じことを繰り返す。
これを納得する聖句に到達するまで行うのだが、この方法は場当たり的で、そのような読み方で神の御心を知ることには疑問がある。
3、サーフィン的読み方
この読み方は、聖書を読むための体系的な計画やガイドラインを持たないまま、その日の「波まかせ、風まかせ」のサーフィンのように好きな箇所を開き「バイブル・サーフィン」を繰り返す読み方である。
どこを読むかという点で選り好みの感は免れない。
また、状態の良い時と、気分が進まない時では、読み方にばらつきが出てくる。
無風状態で波が立たない海ではサーフィンができないのに似ていて、これも推奨できない。
4、鋳型的読み方
これは予め自分が得た回答を、聖書に押し付ける読み方である。
鋳型の中に銑鉄を流し込んで鋳物を作るのに似ている。
この読み方の問題点は、予め自分で「こうあってほしい」という回答を決めて聖書を読んでいるので、神の御心に聞くということが出来ないのである。
それ故、聖書の言葉によって心が変えられたり、生き方を変えられていくというダイナミックな祝福を得ることが出来ないのである。
私の読み方はどうだろう。
胸に手を当てて反省している。