眼鏡を買いに行く。
目が悪いから眼鏡をかけても左程よく見えるわけでもないけれど、まともに受けるかぜや花粉を少しでも減らせるし。
昔、C子姉ちゃんが素敵な眼鏡をかけた。
「a-dollちゃん、これは伊達眼鏡でシワを隠す効果があるのよ」と言った。
その頃の姉はまだ若くて美しく、皺なんかなかったように思ったけれど。
今の私はその頃の姉に比べシワどころの騒ぎじゃないけれど・・・。
C子姉ちゃんはその頃、暇があり過ぎて、堺で募集している「第九コンサート合唱団員募集」に一緒に応募しようと誘って来た。
50年も前のこと。
私はその頃、大阪市の婦人会コーラスの先生が病気で辞められて、少し嫌気がさしていたから誘いに乗った。
午後の女性コーラスと、夜の混声コーラスの2箇所で歌う様になった。
C子姉ちゃんはしばらくして夫が病気になって辞めたので、結局私は一人で混声合唱団で歌うことになった。
このコーラスで練習を続けるのは問題が大有りだった。
練習は夜の6時に始まる。
その頃家庭の主婦が夜出かけるのは問題とされた。
私は夫の叔母という縛りがある上に、実家の母にも知れたら叱られる。
主人が家に帰った時に妻が家に居ないなんてことは許されませんで〜という。
夫は文句なく「行ったらええがな〜」と応援してくれた。
夕飯を用意して出かける時、娘には「お祖母ちゃん(母)から電話があったら、お母さんは町内の集まりに行ってるって言うねんで」と言い聞かせた。
まあ、そんなことは一度も無かったけれど。
オーケストラをバックに「第九」を歌うのは楽しかった。
これで終わりかと思ったら、次の夏に演奏するミサ曲も一緒に歌いませんか?と誘われ、それからずるずると20年間その合唱団に居た。
奈良の義叔母は厳しい人だったからもちろん内緒だ。
急な用事で奈良の家へ行き、用事が終わってから帰りの電車の中でパンを食べて、急いで練習に駆けつけた事も有った。
合唱団での練習は私のストレス発散に役立った。
若い頃ってなんとエネルギーが有ったのだろう。
時間が前後するが、韓国演奏旅行の時、義叔母に許可をもらうのは大変だった。
なんと言って説得しようか?
夫を留守番させて海外旅行をするなんて・・・。
ある日、義叔母とデパ地下で買い物をしていた。
そこでばったりコーラスの指導者のS村先生に出会ったのだ。
私は義叔母を先生に紹介した。
S村先生は如才なく義叔母を持ち上げた上で、私のことも良い弟子です。と褒めて下さった。
義叔母は優しい男性に弱い。
「ええ先生やな〜」
そこで、韓国旅行の話を持ち出し「私は行かれへん」とこぼしたら、
「行って来たらええがな〜あんな良い先生と一緒やし、K(夫のこと)に留守番させて行っといで」
って言ってくれたのだった。
私って幸運。
頑張っているから神様が後押しして下さったのだ。
勿論、お小遣いをくれるような義叔母では無かったけれど、私はソウルでお土産を買って帰ったのだ。
遠い日のこと。