朝、目覚めて鏡を覗いたら、ますます腫れがひどく上の瞼も腫れて、目が細くなっている。
う〜む
この顔は誰にも見せられない。
マスクをして顔の下半分を隠して、少し色の濃い眼鏡をかけてみた。
黙っていれば分からない・・・と思う。
教会では、年に一度のメモリアル礼拝が行われた。
礼拝の後、スライドで故人の写真を写して、牧師先生が一人づつ紹介されて、遺族も立ち上がって皆の祝福の拍手を受ける。
天国に召された教会員の数が多いので、近くに住む人は一部礼拝で、遠方の人は二部礼拝に出席するように、2回に分けて行われた。
遺族が多く出席し礼拝の後昼食を共にする(年忌の法事の習慣と同じように)人たちもいることだろう。
私は朝早く(9時)に娘と出席した。
亡くなった年月日、洗礼を受けた年月日、個人のエピソードを交えて紹介されるから牧師先生は大変である。
しかも年々故人は増え続けている。
いつの日か私もこの仲間入りするのだ。
もう夫は15回メモリアル礼拝を過ごした。
親族として義妹が出席した時もあったけれど、彼女も亡くなったし。
出席する遺族は娘と私の二人だけれど、教会員の多くの人が知っていてくれている。
夫は今日も写真の中で気楽そうに笑っていた。
夫は天の父の家に迎えられて住んでいる。
神が住むところを用意して迎えてくださったのだ。
ヨハネ14:1ー3から。