a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

聖書の動物たち (13)ー蟻

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聖書 箴言30:24、25

 この地上には小さいものが四つある。

 それは知恵者中の知恵者だ。

 蟻は力のないものたちだが、

 夏のうちに食料を確保する。

 

蟻は小さい弱い虫だが、私たちが学ぶべき知恵がある。

それは「時を知り、時に備える」ということである。

 

1、「時」を知る

蟻はカレンダーも知らないのに、食料がなくなれば冬の時を知り、働くべき夏のことを知っている。人間は蟻より遥かに知恵があるのに、1分1秒先が判らない。

だからにわかに起こる恐怖に怯え、その恐怖がどう展開するか判らないにで益々不安になる。

蟻から学ぶことは。

*時を定める神がおられる。

神の時は変えることはできない。

 すべてのことには定まった時期があり、

 天の下のすべての営みに時がある。

 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。  伝道者の書3:1、2

神の時が来ないなら重病でも死なない。しかし健康でも神の時が来れば死ぬ。

 

*事を成す前にそれが最もふさわしい時かどうかを静まって祈り求めよう。

人の営みは「神の時」によって動くからだ。

 

2、「時」に備える

蟻から学ぶ第二の知恵は「時に備える」ことである。

収穫を期待できない「冬」に備えて、今働くことである。

失望せずに善を行いましょう。

 あきらめずに続ければ、

 時が来て刈り取ることになります。  ガラテヤ6:9

仕事も、祈りも、奉仕も・・・

 

*最後の死の時の救いのために備える。

「冬」が来ることはその通りだが、今から諦めないことだ。

最後の最後の「冬」の時に信仰告白した証人たちが数多くいる。

 かれは望み得ない時に望みを抱いて信じ、

 「あなたの子孫は、このようになる」

 と言われていたとおり、

 多くの国民の父となりました。  ローマ4:18(アブラハムのこと)

国籍は天国にある

暑くても掃除を頑張る。

もともと掃除やお片づけは好きな家事だから苦にならない。

きちんと整った部屋を眺めるのが好きなので。

 

教会の葬儀に出席する。

Cさんのお母様が一昨日86才で亡くなられた。

子供のころ韓国から日本に来られたという。

創氏改名で日本名を使わされて生きて来て、そのまま亡くなられた。

さぞ苦労の多い人生だっただろうと想像する。

姉妹二人がお別れをしている姿に涙が出た。

 

葬儀の中で牧師先生が「我が国籍は天にあり」ピリピ人への手紙3:20と聖書の言葉を引用して説教された。

天国に召されたCさんのお母様は、もはや韓国籍でも日本国籍でもなく、天国に国籍があるのだ。

姉妹はいつの日か天国でお母様に会えるのだろう。

 

午後雷雨。

だらだらと夏休み

久しぶりの外出である。

台風でコーラスの練習は休みになったし、他は全部夏休みで・・・。

お盆だからといって誰かが来るわけではなく・・・。

 

1週間ぶりの教会。

来週のための聖歌隊の練習にも参加した。

 

シルバーグループが全員顔を揃えた。楽しくおしゃべり。

暑くて長いお休みは運動不足になるし、昼寝ばっかりしてみんな退屈してたのだった。

だらだら過ごす夏は早く終わってくれないかな〜。

今時の連絡手段

子供の頃の友人は82才か83才。

 

中学校の同期会では、もう随分前から30名位が「メールリンク」で、互いの連絡手段に便利に使ってきたが、今回これを終了せざるを得なくなった。

でもリーダーのAさんが、それでは寂しいから「LINE」でグループを作ろうと言いだした。

パソコンやガラケーは使っていても、スマホは余り・・・・というのが私たちの世代。

今、メールリンクではパニクっている諸兄諸姉の姿が見えて面白い。

 

女子会(いつもFちゃんちで集まっている6名)のメンバーは、既にラインでやりとりしているから問題ないが、男性たちがおろおろしていて面白い。

元歯科医のT君は「車も最近手放したので、スマホを買ったお店へ暑いのに自転車で今から聞きに行く」らしい。

息子や孫に聞くのはバカにされる!から嫌だとか。

主義としてスマホを持たないからガラホでLINEを始める(?)という人や、諦めの境地で連絡は携帯かFAXでお願いします。という人も居て面白い。

今LINEを見たらえらい混乱している。

 

私も含めて操作が慣れてないから(指先が鈍感になっていらんところを触ってしまう)・・・´д` ;

マンネリか

台風一過。

 

我が家では風は全く吹かず、雨がかなり夜中に降った様子だった。

私は例によって熟睡して全く知らなかったけれど、朝、側溝に落ち葉が山と詰まっていたので大雨だったと知る。

 

74年前、戦争が終わった翌日からしたことは、窓ガラスに「ペケポン」に貼ってある細い紙を剥がすことだった。

爆撃の衝撃でガラスが飛び散らないように家中細く切った紙を対角線に十字に貼った。どこの家でもやっていた。

もちろん、電灯にかぶせてあった黒い布も外した。

 

それからモンペは履かなくてもスカートで良くなった。

暑い盛りの季節、絣地で作ったモンペは暑かったのだ。

 

食料は益々無くなり、飢えていたけれど自由が嬉しかった。

裏庭のイチジクやグミがおやつになったのはこの頃。

サツマイモのつる迄食べたり、イナゴやタニシを食べたりしたのもこの頃。

父が裏庭を耕して植えたサツマイモや茄子やトマトや枝豆。

これらが栄養失調から救ってくれたのだった。

 

毎年ブログに同じことを書いているような気がする。

つい思い出して書いてしまうのを我ながらしつこい性格やな、と呆れている。

 

今日、読んでいる小説に偶然こんな言葉があった。

 

「同じことを書いててマンネリやわ、と娘は批評するのですけど、『あのひと』はマンネリではない。

繰り返しは一つの大きな力だ、というんです。

繰り返して書いて、念を押さなきゃ、いけないって。」

田辺聖子著「おかあさん疲れたよ」から。

 

幼かった私の経験なんて大したことないけれど、ひどい目に遭った人に比べたらどうってことはないのだけど、

それでも戦争で辛い思いを経験したことは、生きている限り毎夏書くことになるだろう。

おかあさん疲れたよ〈上〉

おかあさん疲れたよ〈下〉

 

台風と敗戦記念日

74年目の敗戦記念日

 

いつもお腹がすいていた8才の夏。

軍事教練が有って学校に行くのが嫌だった夏。

好きな絵は描かせて貰えず、飛行機や軍艦の絵を描かされていた(藤田嗣治と同じや〜)。

音楽の授業では和音の聴力を鍛えた。

先生がオルガンで弾かれるハホト、ハヘイ、ロニトの違いを聴き分けた。

♩ドレミファソラシドは♩ハニホヘトイロハと国民学校では言っていた。

それと飛行機の爆音を聴き分ける力とどう結びつけるのだろう?

和音の聴き分け訓練は無駄じゃなかったけれどね。

 

暑い運動場で「かしらーみぎ」ってやらされて、手旗信号を教えられて、爆撃されそうになったら両親指を耳の穴に突っ込んで、残りの指は目を覆う。そして運動場にべたっと顔を下にして横たわる訓練もした。

炎天下で、くら〜っとしてくるし、教練の先生は怖い顔をして睨んではるし・・・。

恐怖の国民学校生活だった。

 

74年前の8月は嫌な記憶しかないけれど、それでもいつも太陽が照っていた。

8月に台風は来なかったのであった。

 

今はお米も食べるものも豊富に有って困らないけれど、その代わりクレージーな暑さが毎日続いて、大きな台風がやってくるのだ。

台風は初秋に来ると決まっていたのに。

 

今日大阪では大して風は吹かず、雨も少なかったが・・・。

今夜大雨が降るのかな?

台風のためお休み

頑張ってブラックベリーのジャムを作った。

毎日黒く熟したのを摘んでは冷凍しておいた。

冷凍したら真っ黒だったのが赤く変化するのは何故かな?

解凍して水洗いして綺麗に掃除をした。

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レンジの前の立ち仕事は良い運動になる。

その分午後はどてっとテレビの前で過ごす。

合唱団の連絡網が回ってきた。

明日のレッスンは台風のためお休みになった。