a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

ピアノの稽古

昨日思った事だけど、小さい頃から何か楽器が演奏出来るように、練習をして置くのは良い事だ。
私もピアノかヴァイオリンの稽古をしておけば良かったなと、今更叶わぬ事ながら思ってしまった。自分の手から音楽を奏でる事が出来たらどんなに良いだろう。
戦後しばらく経って、私は小学校の5年生になっていた。
クラスの友達何人かが、ピアノのお稽古に行きだした。私も習いたいと思ったから、母に「ピアノを習いたい」と言ったら「あんたは手が小さいからあきません」と拒絶された。
その頃、やっぱり西洋音楽にはまってしまった、2番目の姉が音楽学校を目指して1日中ピアノを弾いていた。
家には足踏みオルガンとおんぼろのアップライトのピアノが有った。
すぐ上の姉も稽古を始め、何年もして妹もレッスンに通うようになった。私だけが拒否されて、その代わり母の趣味の(母は歌舞伎が大好きだった)日本舞踊を習わされたのだ。
私は本当は習うなら、バレーが良かったが、母には逆らえなかった。
挙げ句の果てには長唄まで習ったのだから、嫌になる。だから、同じ弦楽器でも三味線ならチューニングも出来るし、今でも多分弾けるだろうけれど何十年と三味線に触った事は無い。
小学生の私は、ピアノもオルガンも誰も弾かなくて空いている時に、1人でバイエルの練習をした。最終には独学でバイエル教則本を最後まで弾けるようにはなったのだ。
姉達の練習を耳にタコ程聴いているから、耳は肥えているのである。
今思っても、母の独断的な愛し方と無理解にちょっと悲しくなる。
もし夢が叶って弾けるとしても、チェロは絶対に駄目だ。昨日見せてもらったけど弦も太いし、手も大きくないと指が届かないと思う。足もばっと開く必要が有るし、母なら、「女の子が何ちゅう行儀してますねん」と叱るだろう。
まあ今更繰り言を言ってもしょうがない。私には下手でも歌うことが出来るのだから。
今日は英会話。8月はお休みで先生はアメリカのオレゴン州に帰る。ハグしてしばらくのお別れを言う。