弥生三月になった。
待ち遠しい春がやって来た。
寝坊をしたけれど忙しい朝でシャキッとした。
部屋のクッションを冬から春に置き換える。
今の私はクローゼットの上の棚のものは引き摺り下ろして放り上げるという行為でなければ入れ替えられない。
つい10年ぐらい前までは脚立に乗って棚の上を雑巾掛けしてから片付け物をしたものだ。
引き摺り下ろすは簡単だけど、放り上げるは失敗の連続で、故に中身はごちゃごちゃになっている筈だ。
まあよいか。
ヘルパーさんが来てくれた時に手伝ってもらおう。
数日前から、お雛様を出したけれど何か不足。
ぼんぼりと橘と桜が無い。
後、箪笥やお道具も沢山持ってはるのやけど、
3階の屋根裏に他のお雛様と仕舞ってあるから取りに行くのが面倒臭いのだ。
ごめんね、
おひなさまたち。
小さくて縦65センチ、横70センチ位の段飾り
朱の毛氈は虫も食わずに90年経った。
人形も掌に乗るほど小さい。
この小さな段飾りは ほぼ90年昔の夫の妹の初節句のお祝いの人形たちである。
義妹は今生きていたら89歳になる。
義妹に生前「あなたのお雛様持って帰って飾る?(彼女の子供は男の子だし)」って聞いたことがあるが、
「要らんわ!」と即答した。
私には分からない余り楽しくない思い出が有るのかも知れない。
兄妹の母は義妹が生まれてすぐに亡くなったので、二人は祖母と叔母に育てられたのだった。
祖母は優しかったけれど、独身の叔母は厳しく躾けたのでお雛様は飾っても触らせて貰えなかったのではないだろうか?
こんなに美しく保存されているのは子供が触っていないことを物語っている。
私が幼い頃のひな祭りといえば、5人も女の子が居たから賑やかに飾って、C子姉ちゃんの指揮のもとに雛壇の前で、小さなお茶碗や小さなお皿やお椀で、ご馳走を食べたりひなあられを食べたり盛大に遊んだものだった。
人形は触りまくって可愛がったから、五人囃子の太鼓の撥やら笛や男雛の持つ笏などはどこかへ紛失してしまった。
次の年には鼠に食べられた後が見つかったりしたものだ。
それに引換へこのお雛様たちの小道具はパーフェクトに揃っている。
義妹の代わりに私が元気な限り飾ってあげようと思う。