クリスマスローズが咲いているのを発見。
地面に向かって咲くから写真を撮るのは大変。
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喜びの生活(3)ー「喜びなさい」という命令
金剛バプテストキリスト教会 婦人聖書の集いより
聖書 ピリピ4:4
聖書には「喜びなさい」という不思議な命令がある。
なぜ不思議かというと、ふつう喜びは教えられなくても、好ましい経験をすると自然と喜びが湧いてくるものである。
どうして「喜びなさい」と命じられるのか・・・ここに聖書独特の意味が教えられている。
1、「喜びなさい」という命令の意義
「いつも喜びなさい」と言われても、なかなかできるものではない。
というのは作り笑いはできても作り喜びはできない。
喜びは「感情」のレベルだから。
ということは聖書の言う喜びは感情のレベルではないからである。
それはどういうことなのか?
※主にあって喜びなさい 4 とある。
「主にあって」とは「主との交わりによって」ということである。
聖書を通して神の御心という霊的真理を知ってはじめて可能な喜びなのである。
例えば全ての人が拒否したくなる試練を考えてみよう。
試練は自然の感情では到底喜べないが、聖書には次の意味がある。
①試練は神がその人を愛しているしるしである。
主はその愛する者を懲らしめ、
受け入れるすべての子に、
むちを加えられるからである。ヘブル12:6
②試練は成長を遂げさせるためのものである。
わたしの兄弟たち。
さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。
信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。
その忍耐を完全に働かせなさい。
そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、
成長を遂げた完全な者になります。ヤコブ1:2-4
③試練は天に帰ったとき、驚く報いをもたらす。
あなたがたの信仰の試練は、
火で精錬されつつなお朽ちてゆく金よりも尊く、
イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。
1ペテロ1:7
④試練は他の人を慰める恵みをもたらす。
神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。
こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、
どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。 2コリント1:4
以上のように霊的真理を知る事によって神の御心が分かるとき、感情のレベルを超えて魂の中からじわじわと深く喜びが湧いてくる性質を持つ。
2、「いつも喜びなさい」を生きるために
①御言葉に養われる事
神の愛と恵みに心を留めること→感謝が生まれ喜びの源泉となる。
②環境で幸福かどうかという視点ではなく、環境を支配される神に視点を置くように養うこと。
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。
見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
2コリント4:18