a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

ヨブ記(7)

今朝は寒くなった。

仕事に行く娘と姪を送り出す。

泊まり客があるのは大好きだけど、たった一つ困る事は朝刊が読めないこと。

しゃべっているとあっという間に時間が経ってしまう。

そんなわけで午前中の時間は消え去った。

午後は「優しい体操」に。

今年初めてで気合が入る。でもお正月怠けていたので体は鈍っていてふらふらだった。

今日より元に戻す!!

「歌の会」にも出席した。

 

  *  *  *  *  *  *  *  *

 

婦人聖書の集いより

ヨブ記(7)

神は苦難の中にあるヨブを慰めるように特別の希望の奥義を示された。

聖書 ヨブ記19:25、26

 私は知っている。

 私を贖う方は生きておられ、

 後の日に、ちりの上に立たれることを。25

 私の皮が、このようにはぎとられて後、

 私は私の肉から神を見る。26

 

1、この言葉は復活の希望を意味している

私を贖う方 (贖う=本来「買い戻す」を意味しているが、「救い」と同じ意味である。

 新約聖書に多く使用されている→キリスト御自身の血で私たちを神の家族の一員として買い戻して下さったこと)

私を贖う方は生きておられる

 「贖う方」とは「救い主」を意味する。 その救い主は死後の世界でも生きておられる、との意。

後の日にちりの上に立たれる=ヨブが死んで「ちり」(死んでちり灰になっても)キリストは死の体の自分のために立ってくださる、との意。

 

旧約聖書の時代はおぼろげながらしかなかった死後の明確な復活の希望を苦難のヨブに神は与えられた。

 

2、励まし

神は苦難に会う者にあわれみ深い

 見なさい。

 耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。

 あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。

 ・・・・・・

 主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。ヤコブ5:11

 

 ・苦難で知る神の御心がある

 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。

 私はそれであなたのおきてを学びました。 詩篇119:71

おきて=みこころ

 

・全てを奪う死に打ち勝つ復活の希望によって、地上の労苦が無駄にならない事を示す。1コリント15:58

・希望と願い

 主は私にかかわるすべてのことを、

 成し遂げてくださいます。 詩篇138:8

 

 一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。

 しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。 ヨハネ12:24