a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

救急入院顛末記

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                  芙蓉カタバミ

 

皆様ご心配をおかけしました。

 

昨日は睡眠不足と、くたびれてブログを書く気力が無かった。

昨夜は猫を抱いて熟睡したから、今日は頭もようやく元に戻った。

 

29日の夜。

昼頃から左側の頭痛がひどく(日替わりで右左の頭痛、お天気の良い日は全く頭痛無し)て耳たぶを触っただけでも痛みが走った。

昨年の今頃も同じ症状で掛かりつけ医が「ロキソニン」を出して下さって治って、年が明けてからMRIで検査して脳の中はきれいで何も問題ないと診断されていた。

ロキソニン」は以後使わず缶の中で眠っていた。

昨夜9時半「あの薬飲んで寝よ」と思って飲んだ。

 

10時半頃、寝る準備をしてベッドに入って明かりも消してから、何やら体のあちこちが痒い。

ふと嫌な予感がして、起き上がって電気をつけて鏡の前でパジャマを捲ってお腹を見たら赤いぶつぶつが出来ている。

「やばっ」

見ている間に全身に蕁麻疹が広がった。

(顔と手足を除いて)

2階にいる娘に「起きていたらちょっと見てくれる?」と呼んだ。

娘が見てくれて軟膏を塗ったりしている間に頭がふらついてきた。

気がつくと私は椅子二つを並べた上で寝ていて、娘は救急車を呼んでいた。

後で聞くと体が硬直していたようだ。

幸い救急車はすぐ来てくれて、3人の救急士が運んでくれて、娘も服を着替えて(パジャマだったから)一緒に乗ってくれた。

受け入れてくれた病院は近くで、私は6年前に圧迫骨折で2ヶ月入院したし、13年前に乳がんの手術も受けていた。

 

12時、救急外来に到着して医師が診察してくれた。

その頃には蕁麻疹の赤みは取れて、かゆみも引き、ただ寒くもないのに全身震えが止まらず、血圧超低く、体温も低く、体調としては最悪状態。

頭のC.T、血液検査、で異常なし。

医師は蕁麻疹の赤みが取れていたことから、蕁麻疹に重きを置かず、全身痙攣の症状で脳卒中を疑っていたようだが、無罪放免。

「どうしますか?」と聞かれ、

娘と私は「えっもう帰れる?」

私はまだガタガタ震えているし、点滴をしてもらったまま震える声で「病院に一晩居させてもらえますか?」この頃は喋れるようになっていた。

震えながら聞いたのだ。

救急病棟の看護師さんはベテランで優しい。

病室を調べてくれたが「男性の部屋なら空いているけど、特別室しか空いてないわね」。

娘が「そこお願いします」。

 

病室に落ち着いたのは2時頃、ようやく小刻みに続いていた震えが収まった。

血圧も体温もそれなりに戻った。

私は猫の爪跡がいっぱい空いた洗いざらしのパジャマのまま、ベットに落ち着いた。

 

特別室はソファーもついて浴室シャワー付き。

社長さんが入院する部屋なのだなあ。

この病院は今建て替え中で、新しい病棟は11月に出来て引っ越しが終わったばかりで、何もかもサラッピン。

美しい内装の快適な病室だ。

 

明け方娘が入院に必要なものを届けてくれ看護師さんが部屋へ持ってきた。

血圧、体温正常に戻る。

 

点滴をつけたまま少し眠る。

 

朝、朝食(パンとジャムと牛乳とブロッコリーの和え物)をソファーで食べる。

ふと、熱い紅茶が出てくるかと錯覚してしまった。

朝食の内容は整形外科で4人部屋の時と同じだ。

 

後は何も無しで放ったらかし・・・落ち着いて考えてみれば、我が市は既に複数人のコロナ患者が出ている。

病院もその対応に必死だろう。

既に平常に戻った高齢者を構っている暇はない。

10時頃担当医となった内科の先生が部屋に入ってこられた。

ベッドから2メートル離れた位置で「退院して良いよ」とだけおっしゃって部屋を出ようとされた。

「あ、あの先生」と呼び止め「頭痛薬を飲んでなったものですから・・あの・・」と言いかけたら、

「頭痛薬出しておくよ」。

 

先生はお忙しいのだ。

今、日々ややこしい危険な患者が詰めかけている。

治った患者は早く帰ってほしい、その気持ちが充分理解できた。

普段だったらもっと丁寧な診察だっただろう。

看護師さんはそんな状況でも皆優しく、薬剤師さんも丁寧に説明してくださった。

それで、処方してくださった頭痛薬は「ロキソニン」。

 

気がつけば私は救急隊員が家に入ってきた時からず〜っとマスクをしていた。

マスクは慣れているしね。

新しい病室に一晩ベッドで寝て、朝食だけ出て「B&B」に泊まった様なものだった。

 

入院したけれど、無事に歩いて駐車場に停めてある娘の車まで歩いて帰宅出来て嬉しかった。

入院したまま、本当に帰れなくなる日もそう遠くないだろう。

今回は予行演習の様なものだ。

娘が一緒に住んでいてくれて良かった。

 

思えば私は幼い時からアレルギー体質だった。

アレルギーは原因が分からない。

昔はアレルギーとかアトピーという言葉も無かった。

湿疹ができたり、結膜炎になったり、蕁麻疹が出たり、母は私を連れて病院を訪ねて治そうとしてくれていた。

そんな私だから、目薬でも危険なのがあるし、人より注意しなくてはならないのに忘れていた。

 

ロキソニン」だって昨年飲んだ時はどうも無かったのに。

ただアメリカでは「ロキソニン」は危険な薬とされているらしい。

アナフラキシーショックになる人が多いのだ。

年老いて体の機能は衰えているし、アレルギーもひどくなって来たのだと思う。

今後は薬は気をつけて飲む様にしよう。

 

幼友達の元内科医に聞いてみたら「無事に治って良かった。今後は薬に頼らない様に」とのアドバイスだった。

折角処方してもらったけれど、「ロキソニン」はもう飲まない。