a-dollのブログ

忘れたくない日々のあれこれの記録

衣更の季節

急に暖かくなって、気がつけば4月。

月初めは忙しい。

用事が一杯ある。

* カレンダーをめくる。

 居間(フィンランドの小鳥の写真)、お勝手(ゴミ日程用)、パソコンの前(主に予定書き込み用)、玄関の洗面所(御言葉入り)

* 掛け軸を替える。

* 雛人形を仕舞う。

イースターが終わったので、帽子は夏用のを箱から出す。

西洋の衣服はイースターで冬から春に変わるのだ。

昔、洋裁学校で学んだ。

 

私が子供の頃の日本の大人の女性は殆ど和服を着ていた。

普段着も外出着も。

そして季節に合わせて着る常識が有った。

4月までは羽織を着て、5月になれば羽織は脱ぐ。

花見の頃には、埃よけに薄い羽織を着ている人も居た。

5月までは袷(あわせ 裏地がついている)を着て、6月にやっと単物(裏地がつかない)それから絽や紗の涼しい生地の着物になった。

因みに浴衣は外出用にならない。

 

日本の伝統的な衣服の決まり事は、今殆ど無くなってしまった。

晴れ着には道行コートを必ず着たし、訪問先の玄関か、ホテルならロビーで脱いで会場へ入る。

織の着物には染めの帯、染めの着物には織の帯が良いとか。

デューク・エイセスの「女ひとり」の歌詞にもある。

 ♪ 結城(ゆうき)に塩瀬(しおぜ)の素描の帯に〜

それから、いくら高価でも紬(つむぎ)は晴れ着ではなく、あくまで普段着なのだった。

 

雨の日には雨コートを着る。

私がお茶会に出かける日は何故かよく雨が降った。

雨の日は草履ではなく利休下駄を履く。

歯の薄い下駄の前にカバーがついてる。

その下駄を履くと何故かピンピン泥の跳ねが上がって背中まで汚れるのだった。

家の近くの道路は舗装されていなかったし。

着物が台無しになるのを恐れて、母は駅まで迎えに来て、着物の裾をからげて紐で結んで汚れないように歩かせた。

「気いつけてゆっくり歩きなはれ」とそばでうるさく注意されながら家に帰る。

 

沢山和服を誂えてもらって、箪笥の引き出しに詰めて嫁入り道具としたけれど、結婚したら和服を着て遊びに行く機会もなく、踊りのお稽古やお茶の稽古も全て終わりとなって、和服は箪笥の肥やしになってしまった〜

 

娘に晴れ着を誂えて着せるのが母の楽しみだったのだろうか。

そう思うことにする。