蒸し暑い。
「優しい体操」の会の夏休みが終わって久しぶりに集会所に行く。
皆元気に夏を乗り越えたみたい。
Yさんは孫が来て疲れた〜と声がガラガラ。布団の出し入れやら後始末が大変で〜。
そうなんや。
私も若い頃実家に家族で泊まり込んで、姉の家族5人も来ていて、皆お泊まりしたんだから、さぞ母は大変だったろう。
娘たちは当然のように羽を伸ばして飲み食いして、子供達は家中走り回って遊んでいた。
遠くに亡くなった母だけど、懐かしい思い出とともに感謝する。
運動不足だった体を優しく解きほぐして(中には途中で足が吊った人もいた)気分良く帰ってきた。
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聖書の女性(37)ー長血を患う女
婦人聖書の集いより。
病気を経験しない人はいない。
素晴らしいことにキリストは病人に対する深い憐れみと癒しの道を示してくださっている。
今日の女性は名はないが、病を通して信仰を与えられ、社会的にも回復を与えられた。
聖書マルコ5:25-34
1、女の病気
長血を患っていた。
・12年も出血が止まらない病であった。
・医療が発達していなかった古代ではこの種の病は「汚れた者」とみなされ社会的精神的差別の中にいた。
レビ記15:25-30
・その上、悪徳医師に医療費を騙し取られ、破産状態にあった。
2、キリストとの出会いと癒し
・キリストのことを耳にし群衆の中に紛れ込む。27
彼女の状況では群衆に紛れ込むのも勇気が要っただろう。
「お着物にさわることでもできれば、きっと治る」と考えていたからである。28
ひたすらキリストに癒されたいという切なる願いが感じられる。
・キリストの着物に触り癒される。27-29
信仰や願いがあれば何でも癒されるわけではない。
癒されるには先ず信仰の願いが起こされることが必要で、願いなしには事は始まらない。
イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間なのを知って、
彼に言われた。
「良くなりたいか」 ヨハネ5:6
3、告白を求めるキリスト
なぜキリストは癒しだけで終わらず、この女に告白を求められたのか?
イエスは群衆の中を振り向いて、
「誰がわたしの着物にさわったのですか」と言われた。30
女は恐れおののき、自分の身に起こったことを知り、
イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。33
・そのまま黙って帰ったならば、キリストのことを単なる霊能者としてしか理解出来ないままになっただろう。
キリストへの真の信仰が必要であった。
・この種の病は個人的申告だけでは回復の保証にならない。
イエスは彼女にこう言われた。
「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。
病気にかからず、すこやかでいなさい。」34
公の場で治ったという宣言が必要である。
キリストはレビ記にある司祭役を務めて、この女性の社会復帰の道を宣言された。