気持ち良い秋の朝、礼拝に行く。
教会の友人たちが口々に、娘の体調と私の健康状態を訪ねてくれた。
やっぱり教会は楽しい場所。
今日の説教もヨブの話続き。
ヨブ記16:19−22
今、ヨブと同じような苦しみが世界中を覆っている。
正しく生きてきたヨブなのに与えられた苦しみは何だろう。
事業を失って、子供達を失って、健康も失った。
ヨブが苦しんでいるのに、なぜ周りの人は責め続けるのだろう?
友人エリファズは、思い出せ、罪があるから禍を招いたといった。4:7−8
友人ビルタデは、もっと神に憐れみを乞い、熱心に神を求めなさい。8:5、6
友人ツオファルは、神があなたの咎を忘れてくださることを。11:6
おまけにヨブの妻まで言った。神を呪って死になさい。2:9
こんなヨブなのに神は沈黙を続けられる。
ヨブの苦しに対する神の答えは 16:19
今でも天には私の証人がおられます。
私の保証人が、高いところに。
ヨブの苦しみを最も深い意味で担って下さる方(ヨブは人から目を転じて天に向けた)、十字架にかかられたイエスキリストこそヨブの苦しみをわかって下さる方である。
キリストは十字架の上で人類の重い罪を背負って苦しんでおられた。
わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか マルコ15:34
父なる神の沈黙の中で苦しい思いをされたイエス・キリストを知った。
最近、三宅威仁氏の「八色(ヤイロ)ヨハネ先生」を読んだ。
フィクションではあるが、同志社大学神学部の教授八色ヨハネ先生がヨブと同じ苦しみを経験した生涯を描いた小説である。
朝日新聞のReライフ文学賞を受賞した作品で、聖書の話が分かりやすく挿入されていて珍しい小説である。