台風が大阪を目指してやって来ている。
家の外はめちゃくちゃ暑い。
娘に車で送ってもらわなかったら、たちまち熱中症になって道端に倒れるだろう。
流石に今日の礼拝の出席者は少なかった。
でも私は「ヨブ記」が楽しみだっかから。
今日はヨブ記3章。
私は裸で母の胎から出て来た。
また裸でかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。
主の御名はほむべきかな。1:21
先週、こんなに立派に信仰告白をしたのに、
3章では、ヨブは嘆き節に徹している。
神を呪ったのではないが、自分の生まれた日を呪ったのだった。
そして、なぜ、を繰り返している。
なぜ、私は胎内で死ななかったのか。
なぜ、苦悩する者に光が、
心の痛んだ者に命が与えられるのか。
こんなに苦しむのなら死んだほうがましだ!と。
ヨブの受けた出来事を思えば誰でもそう嘆くだろう。
原爆によって苦しみながら死んだ人。
ウクライナの戦火で家を失い家族を失った人。
最近ではハワイで家や家族を失った人も。
人の苦しみ嘆きは数知れない。
なぜ、なぜ、なぜなのか。
なぜに答えは無い。
これは過去の苦難であって過去はもう取り戻せないのだ。
しかし苦難に喘ぐ人間に神は絶えず語られる。
今はあなたには分からないが後で分かるようになる。ヨハネ13:7
神はヨブの嘆きを承認してくださる。
今日もKさんに送ってもらった。
帰宅後、昼食を食べて、日曜日の習慣でテレビで「日曜美術館」を遡って観ていたら、途中で寝てしまっていた。
猫が誘いに来てくれたので、寝室のベッドで続きを寝る。
眠い。
空は怪しげになって来た。
なぜを繰り返すヨブ