ブログの友達の記事で知って、1昨日に観たNHKのテレビ番組。
2回観た^ ^
「プロフェッショナル仕事の流儀 片岡仁左衛門」
何を隠そう、私は昔から歌舞伎が好き、
それも上方歌舞伎、それも松嶋や。
15代片岡仁左衛門の大ファンである。
もう松竹座へ一人で行けなくなって(年齢より、足腰より、目を患ったことが大きく原因している)。
最後に行ったのは一昨年夏。
暗闇の階段で転げたりして迷惑を掛けては行けないし。
行ける時に行っておかないと、年齢が邪魔をしていけなくなるから、好きなこと、行きたいところ、若い間に無理しても行っておくべきだ。
テレビに映る仁左衛門さんは今も美しい。
82歳になっても姿勢が良くて、それは楽屋でもストレッチに励む努力の結果と知った。
だから素足を剥き出して花道をかけて行くあの美しい足捌きに衰えを見えないのだろう。
普段の声は掠れていても、舞台に立つと勢いのある凛と張り上げた口跡が響くのだろう。
目元の色気は全く衰えず。
やっぱりええわ。
私が初めて歌舞伎を見たのは、高校生の時。
だからおおよそ70年昔のこと。
その頃習っていた日本舞踊の師匠と家元とお弟子さんたちと行ったのだ。引率の歌舞伎ファンの母も一緒だった。
場所は火事で消失してしまった千日劇場。
尾上菊五郎劇団の公演だった。
この時は家元に尾上梅幸さん(尾上菊五郎さんのお父さん)の楽屋へ連れて行ってもらった。
これが歌舞伎が好きになった始まりで、その後H子姉ちゃんと上方歌舞伎に熱を入れて再々劇場に行った。
中村扇雀、中村鴈治郎の曾根崎心中(映画国宝でも写した場面)も観たし、足繁く中座(もう無くなった)へ通った。
13世片岡仁左衛門さんは、当時落ち目になっていた歌舞伎を若い人たちに啓蒙しようと、「学生歌舞伎同好会」を作られてバスツアーを企画したり、楽屋へ訪問しに行ったり、仁左衛門さんの講演会にも行った。
小さな扇子にサインももらった。
戦時中の食べ物に困った話、三味線の話。お話は上手で大好きだった。
その頃、孝夫さんはまだ子役。
可愛い子役の姿を一度見ただけで私は結婚し、歌舞伎どころじゃなくなった。
子供が生まれた喜びは有っても、今までのお気楽な生活は出来なくなってしまったのだ。


美し厳しい横顔。

それでも優しい笑顔は変わらない。
つづく