今日は母の日。
例年なら礼拝でお母さんは立ち上がって祝福を受ける日である。
そしてしばらく母の為に祈る時を持つ。
私はこの日は30年以上前に亡くなった母のことをいつも感謝とともに思い出すことにしている。
母は1900年(明治33年)生まれ。
子供の頃は父親(私の祖父)が早く亡くなって母子家庭で貧しく苦労をしたが、父と結婚してからは貧しくても健康で平安な暮らしだったようで、6人も子供を産んで育てた。
戦争も飢餓の時も体験したけれど、夫婦仲が良くて幸せな生涯だったと思う。
私は顔も体型も体質も髪の質まで母に似ている。
緑内障で目が不自由になったのも同じ。
血圧の低いのも。
着るものにこだわるのも。
母はおしゃれだった。
大きく違うのは、母は6人も産んだのに、私は一人しか産めなかったこと。
娘がお腹にいる時、切迫流産で動けなくてずっと母に世話になった。
何としてもこの孫をこの世に生まれさせたくて、助けてくれたのだ。
母が亡くなったのは86才で、直前まで家で暮らしていた。
父は脳梗塞で入退院を繰り返していたが、父の世話は子供たちに任せ、お手伝いさんに家事を任せてゆったりと過ごしていた。
私は何でも自分でやってしまうが、母は人を使うのが上手で、娘たちC子姉ちゃん、兄の奥さん、H子姉ちゃんや私を呼びつけて用事をさせた。
あれは有無を言わせぬテクニックやった。
最晩年は父が入院している病院に一緒に半年ほど入院して、父より先に逝ってしまった。
最後まで頭はしっかり働いていた。
その辺のところも私は母と同じ状態で天国からの迎えを待ちたいと思うのである。
母は私と同じで庭の手入れが好きだった。
偶に実家に帰ると、植木屋さんがいて母にあれこれ指図を受けている姿が有った。
今日は風が強く、黄砂も飛んでいるだろうから庭掃除は無し。
花を愛でるだけ。