数日前にブログに書いた万葉集の小さな色紙を貼った桐の箱。
中に何が入っているのだろう?と暇だったので開けてみた。
舞扇やお茶席で使う扇子やさまざまな懐かしい物が入っていた。
日本舞踊を習っていた頃の舞踊の会のパンフレットも入っていた。
家元の襲名の20周年記念の舞踊の会で、尾上梅幸、市川羽左衛門など歌舞伎役者も出演している。
楽屋に挨拶に行ったことも記憶に残っている。
私は清元「夕立」を踊った。
すっかり忘れてしまったが清元の節(ふし)だけは少し覚えている。
太鼓がドロドロっと鳴っての雷鳴と閃光、静まり返ってようやく舞台が明るくなる、
傘を持って御殿女中が立っている。
♪夕立の雨もひと降り〜馬の背を分けて〜って唄。
懐かしい。
パンフレットには父の会社の広告と、母の従兄弟の会社の広告が掲載されている。
母は娘の舞踊の会のパンフレットに広告を頼んだのだ。
力の入れようが分かる。
昭和32年、私は21歳だった。
こんなに母は力を入れて私に舞踊を習わせていたのに、私は結婚するや、一切舞い扇を手にすることなく今日まで来てしまった。
母には申し訳なかったが、当時は結婚したら相手の家の家風に合わせなければならず、舞い扇を手にすることは罷りならぬ・・・と言う家だったのが残念で悲しい。
箱の中から舞い扇を一本取り出して開いてみた。
舞い扇を指先でくるりと回す「かなめ返し」が出来るかな?
出来た!
「扇を上に放ってひっくり返す」
出来るやんか!
「右手で放って左手で受ける」これは失敗。
65年経っても指が手が体が覚えている。
86歳の今も真っ直ぐ立っていられるのも、スクワットが苦にならないのも若い時にしっかり鍛えられたからかも知れない。
桐の箱は玉手箱。
60年経って出てきた懐かしい舞い扇。